離れて暮らす親の見守りを考えるにあたって、高齢になってやりづらくなることをリストアップしてみました。
神奈川県の私鉄の駅からバスで15分ほどのところに住んでいます。
40年近く住んだ家を、2018年6月に建て替えました。
父は車を運転しますが、歩くのも好きで何時間でも散歩しているようです。
また畑仕事もしています。
母は自転車に乗って買い物にも行けますが、基本的には体のために片道20分くらいなら歩きます。
ふたりともなんとかスマートフォンを使っています。
また、インターネットも買い物や調べ物程度で使うことができます。
23区内の一戸建てに住んでいます。
この家は2003年に建てました。
義父は目、耳、心臓が悪いですが、毎日1〜2回、散歩と称して買い物をしてきます。
孫に聞きながらiPhoneを使っています。
義母は数年前に背骨を骨折してから、足腰がとても弱くなりました。
スマートフォンはお金がかかる、変なところを押したら多額の請求がある、いちいち操作を聞くのは迷惑をかける、と言って、ガラケーを使っています。
ふたりともパソコンは使えません。
足腰が弱くなる
まず、実家の母に聞いたところ「2階に上がるのがしんどくなった」と返事が来ました。
母は週に1回、公民館で仲間と卓球をし、週に数回は女性のための30分フィットネスに通っています。
その都度、片道10〜15分歩いているくらい、体をよく動かしている70代女性だと思います。
コロナ禍で外出できないのを言い訳に動かない50代の私よりもずっと元気。
そんな母も階段が辛いらしい。
それによって何がやりづらいと思うのか?
70代後半の実母と、80代後半の同居している義母、それぞれについてリストアップしてみます。
2階の雨戸・窓・カーテンの開閉
(70代後半実母)
開けるのは起きた時にすれば良いですが、閉める時はたいてい台所のある1階にいるので、時間になったり必要がある時にわざわざ2階に上がっていかないといけません。
洗濯物を干す・洗濯物を取り込む
(70代後半実母)
2階のベランダに洗濯物を干しているので、1階の洗濯機からカゴに入った濡れている重たい洗濯物を2階に運んでいかなくてはいけません。
取り込んだ後は、畳んでしまうだけですが、困るのは急な雨です。
急いで2階へ上がり、ベランダに出て高いところにある物干し竿から洗濯物を取り込むのは慌てているとかなり大変な作業です。
濡れてしまったら、ひと仕事増えてしまいます。
家事の中で洗濯が一番好きなのに、雨に降られると心身ともに辛いようです。
(80代後半義母)
同居している義母は1階だけで生活しているので、洗濯物は庭に干していますが、足元が整っていないのが気になっています。
(腰が悪いので縦型洗濯機の底から洗濯物を取り出すのが辛いらしい)
2階にいる家族を呼ぶ
(70代後半実母)
1階から呼んでも反応しない場合は、自分の用事ではないのに上がっていかないといけません。
ゴミ出し
(80代後半義母)
ゴミ出しは45リットルゴミ袋に生ゴミが多く入っていたりして重たいと、私がいない時には義母は引きずっているとのこと。
買い物
実母はまだ歩いてスーパーに買い出しに行けます。
義母は買い物はカートを持って行くのですが、買ってきた後に買った物を家に入れるのがひと苦労のようです。
もちろん、カートごと持ち上げられないし、持てる分だけを家に入れていると地面から玄関まで、10段ある階段を何往復かしなくてはいけない。
(ネットで宅配を頼んだらいいと思うのだが、そもそもインターネットができない)
掃除(特に床の拭き掃除、浴槽の中の掃除、階段の掃除)
細かいところを挙げたら、照明や窓などの高いところの掃除もあるのですが、日常の掃除では軽い掃除機をかけたりモップをかけることはできても、浴槽や階段の掃除は平衡感覚も鈍ってきているので道具などを工夫してやっています。
実家の母は床の雑巾掛けをよくしていますが、義母は全くしないので、家の作りや習慣などで違いはありますが。
思ったように指先が使えなくなる
うまく押せないボタンがある
特に80代の義両親は部屋の電気は紐を引っ張る、テレビのチャンネルは”回す”が全盛。
今、スイッチボタンを見てみると、パチっと反応のあるものもあるけど、いかにも”ボタン”ではないこのようなボタンが多くあります。
これらが上手に押せません。
押す力加減がわからないし、押した手応えが感じにくいし、ボタンの境目がわからないというのがあるようです。
このような電子レンジの操作板や洗濯機のボタンは押し切れない。
サーキュレーターのリモコンはボタンが小さくて思ったボタンが押せない。
という問題があります。
同様に、義母はガラケーなのでボタンを一つずつポチポチと押していますが、義父が使っているiPhoneは思っているところをうまくタップできません。
私たちが見ていて「あああああ!」と叫んでしまうこともしばしば。
私たちには「どうしてそこを押すかなー」と思えてしまうのですが、本人はそのつもりで押していても、全然違うところを押していたりします。
(らくらくスマートフォンだともう少し違うのかもしれませんが、私たちや孫が教えるにはiPhoneが一番楽だったりします)
小さなつまみがつまめない
我が家のドアノブはおしゃれ重視で選んでしまったので、丸いドアノブを握ってうまく回せず、鍵のつまみも扱えなくなり、義父母が使う扉はレバータイプで大きな鍵のものに取り替えました。
目が見えない
指先が思ったように使えない上に、目が見えなくなっています。
特に義父は加齢黄斑変性で治療の状態によりますが、ほぼ見えていない時もあります。
スイッチが入っているのか見えない
リモコンのなかにはしばらくすると液晶の文字が消えて、スイッチが入っていることを示すランプだけがついているようなものがありませんか?
左はエアコンで右は給湯器です。
このランプが点いているかどうか見えないんです。
なので、スイッチが入っているかどうかが認識できない。
消し忘れに気付きません。
周囲の明るさによっては液晶の文字もなんとなく文字が出ているという程度しか見えないこともあり、電子レンジの液晶に小さく書かれている「あたため」とか「レンジ」とかが読めません。
正しく操作ができているかもわからないのです。
義父は鍵を持って出かけることがないのでわからないですが、きっと鍵穴に鍵を挿すのもできないでしょう。
平衡感覚が鈍る
電球を取り替えるなど、上を向いて行う作業ができなくなっています。
特に脚立に乗って上を向くのが怖いようです。
高いところの物を出し入れしたり、掃除をするのも避けがちになります。
家電の操作がわからない
思ったように指先が使えない、目が見えないこともありますが、家電の操作ができません。
家電が便利になったのは良いですが、設定が難しくなっているのかもしれません。
理解することも億劫になっていて、「やらない」ようになっていると思います。
電子レンジの操作
「電子レンジで500W3分」などと書かれていても、ワットの設定の仕方がわからない。
(教えても忘れてしまいます……)
結局「あたためスタート」。
よく牛乳を吹きこぼしています。
テレビの操作
(80代後半義父母)
リモコンにはたくさんのボタンがあり、どれを押したらいいのかわからないようです。
録画の設定もできないし、録画された番組を再生することもできなくなり、レコーダーは使っていません。
最近、義父は大谷選手のおかげ、義母は韓流ドラマのおかげで、地上デジタルからBSに変えることができるようになりました。
判断力が鈍る
(80代後半義父)
例えば来客時にインターフォンの対応ボタンを押しても、相手が言っていることを瞬時に判断することができない、ということがしばしば見られます。
ただインターフォンの前で立っているだけ。
電話がかかってきても、正しく対応できない、言葉が出ない。
判断するのに時間がかかったり、判断自体ができなくなっていると思います。
夫婦の幸せのためにやりづらくなったことを理解し合う
これら、心身の衰えが出てくると、夫婦間での「できないこと」の共有がうまくいかず、「できるだろう」「やってくれるだろう」や「できないのに」という思いがお互いに多くなってきます。
それが元で不満を感じたり、口に出して喧嘩のようになったりと、コミュニケーションにも支障が生じてしまうような場面を時々見受けられます。
特に、定年後にずっと家にいるようになった男性は、結婚した時と同じように女性がテキパキと家事をこなしていると思い込込まない方が良いと思いました。
お互いに「自分だったらその動作は難なくできるだろうか?」とおもんぱかった上で、協力し合うのが夫婦の幸せな生活につながるのではないでしょうか。
高齢夫婦の生活を「高齢になってやりづらくなること」を意識して見てみると、私たちにとって便利になったと思うことが高齢者には意外とできない、と言うことが多いように思いました。
音声で伝える、動かす、確認する、ができるだけで、楽になることがあるのではないかと思います。